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   成田空港に、宍戸が降り立った時、それまで消していた携帯電話の電源を入れると、

   メールの着信を知らせる音楽が鳴っていた。


   宍戸が慌てて携帯を確認すると、着信履歴からはみ出しそうな程の受信メールが

   入っている。


   (昨日と今日で……二百件、越えている?? )

   中を見ると、謎のメールで溢れかえっていた。


   『うぜぇ、お前ら。朝っぱらから俺様の家に電話するんじゃねぇっ! 跡部 』

   『ようやるなぁ〜お前ら。ところで、新婚旅行の行き先は決まったんか? 

                                 土産よろしく。 忍足 』


   『追い詰められたのは、わかるが、駆け落ちはマズイ。

                      せめて、学校は卒業するべきだ。 日吉 』


   『良いなぁ〜駆け落ち。それ面白いの? 芥川 』

   『う〜ん。俺は、あんまり関心無いなぁ。今は遊ぶ方が楽しくない? 向日 』

   『部活はサボるな。 榊 』

   『ウスッ! (お二人とも、身体には気をつけてください〜跡部訳〜) 』

   宍戸の携帯を持つ手は震えていた。


   隣で、コンテナから荷物が運ばれて来るのを待っている鳳に小声でたずねた。


   「おい、長太郎。……お前、日本を出る前に、テニス部の連中に何か言ってきたのか? 」

   鳳は、そんな宍戸の問いかけに、笑顔でこう答えた。


   「ええ、時間が無かったので、みなさんにメールを送りましたよ。

    もしかしたら、二度と会えない可能性もあったので……。

    やはり、お別れの挨拶は必要だと思いましたから。」


   慌てて、宍戸は鳳の携帯を奪うと、送信履歴を確認した。




   『本日。私、鳳長太郎と、宍戸亮は、南海の楽園へ旅立つ事となりました。

    これから、二人水入らずで幸せな日々を過ごしたいと思います。


    二人を引き合わせてくれたテニス部での、充実した毎日を、決して私達は

    忘れる事は無いでしょう。


    みな様の中等部、高等部での、今後の活躍を心より願っております。

                                 では、お元気で。』



    確かに、この文面では、『駆け落ち』以外の何者にも見えない。


    宍戸は、思わず、その場へしゃがみこんでしまった。


    鳳の両親を説得する以前に、すでに、学園の退学が決定しているような気がして

    ならなかった。


    氷帝学園二百名の部員全員に、鳳は、このメールを送ったのに違いなかった。


   「……長太郎。何で、お前は。こんな時だけ……そんなに律儀なんだよッ! 」

    顔を上げて睨みつける宍戸を、鳳は、わけがわからない様子で眺めていた。

   「俺……。また、何かやってしまいましたか? 

    し、宍戸さん? かなりマズイのでしょうか? 

    普通、そういう文面でメールを打ったら、いけないのでしょうか? 


   何か特殊な決まり事でもあるのでしょうか? 」

   全く事の重大さを理解できていない鳳の能天気な態度に、宍戸は結局我慢できずに

    キレてしまった。

   
「こんのっ大馬鹿野郎ッ! 明日から、学園に通え無いだろう〜が、どうすんだよッ! 」

   もし、退学では無かったとしても。

   きっと、学園中がその話題で持ちきりのはずだった。テニス部の連中は、

   そういう揉め事を、内緒で隠しておけるような人間達では無かったからだ。


   (絶対……面白がって、噂に尾ヒレを付けて、広めてやがるに違いない! )

   一体、今頃、どんな状態になっているのか、想像するのも恐ろしかった。


   (いっそ、あのまま長太郎の言うとおり。

    楽園から、帰って来なかった方が、俺達は、幸せだったのかもしれない。)

   宍戸は、自嘲気味にそんな事を思うと、やっと探し出した荷物を持ち上げた鳳に

    笑いかけた。


   「長太郎。とにかく……これから、お前の家へ行こう。俺も一緒に、親御さんに

    話をするよ。結果は、どうなるかわからないけど。悪いようにはしないから。」


    それから、次は、学園とテニス部に行かないとならない。

    鳳と一緒にいると、予想を越えた刺激的な毎日が送れるものだと、宍戸亮は溜め息を

    ついていた。


    明日には、明日の風が吹く。


    そんな言葉を、宍戸は思い出していた。


    こんな強風も、嵐の時も人生には多いけれど。


    でも、時には、柔らかな春の風が吹き抜けたり、情熱的な熱波に身体を浚われたりする。


    そういう事も悪くは無いような気がしていた。


   「別に嫌いじゃね〜よ。そういう人生。」

    宍戸は、そう言うと、鳳から荷物を一つ受け取り、空港を走り出した。

    慌てて、鳳もその後を追いかけ始めた。


    宍戸亮には、すでにわかっているのだ。


    楽園は、もっと、自分の近いところにある。


    鳳長太郎と一緒に入られる場所。


    それが、自分にとっての楽園なのだ。


    氷帝学園だろうが、ヨーローパの学校だろうが、南海の孤島だろうが。


    大好きな彼と二人ならば、そのドコでも自分には、最高の場所になってしまう。


    だから、彼の生きてゆく道には、決して迷いは無かったのだ。






              彼らの明日は、幸せで溢れている事でしょう。

                             楽園へ行きましょう! 了







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